📍植田郁子

作成者|随筆春秋事務局  正倉一文まさくらいちぶん

 

植田郁子

随筆春秋「会員の部屋」

1. 植田郁子とは

 

プロフィール

・出 身:京都府京都市 

・学 歴:京都市立塔南高等学校普通科卒業、光華女子大学文学部英米文学科卒業  

・家 族:バツイチ、子供なし、パートナー有り

・職 歴:会社員、大学図書館司書

・趣 味:歌舞伎鑑賞、ハーブを使ったお料理を作ること、花を育てること、猫の世話  

契機きっかけ37歳の処女作が入賞し、それに気をよくし、エッセイ執筆をライフワークとしました。

 

受賞歴

・第18回 文芸思潮エッセイ賞 「薫ちゃんに捧ぐ」で奨励賞

・第17回 文芸思潮エッセイ賞 「白い肌の記憶から」で奨励賞

・第26回 小諸・藤村文学賞 「図書館の深海魚」で最優秀賞

・第22回 風花随筆文学賞 「祖母の不意打ち」で優秀賞(福井新聞社賞)

・第24回 随筆春秋賞 「宙に浮いた約束」で佳作

・第16回 文芸思潮エッセイ賞 「店長」で奨励賞

・第13回 ノースアジア大学文学賞 「シチロベエさんの作戦」で奨励賞

・第31回 香・大賞 「甘夏」で佳作

・第4回 のこすことば文学賞 「心の財産」で佳作

・第2回 のこすことば文学賞 「愛という名の、残り香を」で佳作

JA滋賀中央会 「思わず心があったまる話」  第9集 「私でよかった」で佳作

                〃         第8集 「電車の中で」で優良賞

                〃         第7集 「互いの未来を大切に」で優秀賞

・第3回 月刊PLエッセイ大賞 「金のピアス」で2席

印は、当時の筆名 川 奏たにがわかなえ応募。その他は本名で応募しました)

 

2. 第26回 小諸・藤村文学賞 最優秀賞

 

表彰式

(※上記画像↑は、クリックして拡大すると、紙面の文章も閲覧できます)

 

26回目を迎える「小諸・藤村文学賞」の表彰式が、藤村忌の前日にあたる2020年8月21日(金)、小諸市内のステラホールで執り行われました。

新型コロナウイルスの感染防止対策として、Web会議ツールZOOMを利用して、オンライン形式での表彰式となりました。入賞者24名のうち13名が、そのオンライン表彰式に参加しました。

「小諸・藤村文学賞」は、小諸ゆかりの文豪である島崎藤村の生誕120年、没後50年にあたる平成4年に創設されました。募集対象はエッセイ。26回目の開催となる2020年は、国内外から2390遍の作品が寄せられました。

一般の部で最優秀賞に輝いたのは、京都市在住の植田郁子さん。作品は、「図書館の深海魚。司書として図書館で働いていた筆者が、そこでの出来事や心情をつづった作品。

筆者は日々の人間関係に悩みながら、「地上はさまざまな人間の感情にあふれている。でも図書館の地下にある閉架書庫は、物言わぬ静かな、まるで深海のようだ――」と好感します。

筆者は、自身を深海魚に例え、波風の立たない閉架書庫で心を癒します。――やがて人間関係が落ち着くと、閉架書庫へ赴くことはなくなった、と筆者は言います。

想像力にあふれ、読む者のイメージをかきたてる作品である、と審査員からは高く評価されました。

入賞者24名の作品をまとめた作品集は、小諸図書館をはじめ、全国の図書館などに配布され、自由に閲覧することができます。

コミュニティテレビこもろ ウェブサイトより引用、一部編集)

 

ごあいさつ

私は、20年ほど前からエッセイの執筆をライフワークとしております。

小諸・藤村文学賞は、そんな私の憧れの賞であり、長年目標にしてきた賞でもあります。

今回、まさかの最優秀賞を受賞できましたことは、本当にこのうえのない喜びです。

何度挑戦しても入賞できず、落ち込んでいましたときに、高校時代からの友人が年賀状に、「継続は力なりだよ――」と書いて送ってくれたことがありました。

私はこの言葉に支えられて書き続けることができました。これからも、この言葉を胸に、ますますの精進を続けてまいります。

コミュニティテレビこもろ ウェブサイトより引用、一部編集)

 

受賞作「図書館の深海魚」

 

小諸市ウェブサイトに掲載のPDFファイルで閲覧することができます。以下です。

 

 

3. 第24回 随筆春秋賞 佳作

 

ごあいさつ

 

 

このたびは、佳作受賞の報に接し、大変嬉しく思っています。佐藤愛子先生、そして審査員の先生方にも有難い講評を頂き、心より感謝致しております。まだまだ未熟ですので、謙虚な気持ちを忘れず、これからも少しでも良い作品が書けるよう、一生懸命、精進してまいります。次回は、できればまた、長編に挑戦したいと思います。

最期にやっぱり、これが言いたいです。

「五十八歳、実にめでたい」

 

受賞作「宙に浮いた約束」

 

 自宅近くの公共公園でお気に入りの野良猫と遊んでいたら、突然、七十代半ばと思しき見知らぬ婦人に声をかけられた。

「ここの猫、増えすぎだし、市の職員さんが毒入りの餌を食べさせて間引いたはるねんよ。私も偶然目撃したんやけど、知ってた?」

 私は驚いて彼女の顔を見た。本当ですか、そんな残酷なことを市が許可してるんですか、と尋ねると、彼女はきっぱりと答えた。

「そやの。猫が可哀想で可哀想で、この猫もあの猫も連れて帰るから殺さんといてって、その職員さんに頼んだの。それでそこにいた二匹の猫、すぐ家に連れて帰ったんよ」

 最近、この公園の猫が刃物でお腹を切られる事件があったばかり。毒殺された猫は公園の隅の猫塚に埋められていて、そこには石がいっぱい積んであったわ、と青ざめて身震いをしながら話す彼女を前に、私は益々激しい不安に襲われてしまった。

 私のご贔屓の、ニャン太と名付けた猫はまだ生後半年の可愛い子猫。彼が犠牲になったらたまらないと焦った私は、一刻も早く家に引き取ろうと決めた。婦人にそれを伝えると彼女は一転、笑顔になった。

「ありがとう、よかったわ。ほんま頼むわね、頼むね、お願いね、ありがとうね」

 彼女は何度も何度も私に念を押し、御礼を言った。はい、猫を家族の一員にしたらお知らせしますね、と約束すると、彼女は深々とお辞儀をし、杖をつき不自由な脚を運びながら満足げに去って行ったのだった。

 私は速攻で、その公園の野良猫を管理している動物愛護会の会員さんに依頼し、ニャン太を捕獲して家に連れてきてもらった。

 ところが、その会員さんにあの婦人の話をすると、彼は瞬間(え?)という顔をしたが、まさかというふうに一笑に付した。

「そんなの嘘ですよお、だって動物愛護法があるでしょ。動物をむやみに殺傷したら罰せられます。あの公園の猫も例外やないですよ」

(えっ)

 と思って気付いた。ひょっとして私……。

「それに野良猫を捕獲するのは若い僕らでも難しいんですよ、暴れて引っ掻かれたりして危険なんです。高齢の女性が二匹もその場で捕まえて連れて帰るなんて、無理ですよ」

 その言葉に、婦人が杖をついて脚を引きづり、やっとこさ歩いていた姿を思い出した。

 なんと、私は見事、彼女の作り話に騙されたのだ。会員さんは私の気が変わらぬうちに、そそくさと帰って行った。

 翌日確認に行くと、彼女の話していた公園の隅には妖気漂う不気味な猫塚、ではなく、手入れの行き届いた花壇があり、パンジーが陽光の下に整然と咲き揃っていたのであった。

 さて、”猫を引き取ったら知らせる” という彼女との約束はぽっかり宙に浮いたまま、もはや六年が経つ。知らせようにも彼女はあれ以来、一度として公園に来ていないのだ。

 洒落にもならないが、ホラー要素が満載のホラを吹いた後、ミステリー小説の登場人物さながらに忽然と姿を消した謎の人物を、

「化け猫ちゃうかァ」

 と友人達は笑って茶化し、私をからかう。

「ホンマに化け猫やったかもしれんでェ。ついに満を持して出てきたんかもやで」

 と私は苦し紛れに言い返しながら、その実、半分彼女をかばっている。勿論、嘘つきを是認しているわけではない。ただ、猫に関わらず、尊い命の虐待が多発している昨今。

 私ごときに幾度も御礼を繰り返し頭を下げ、子猫を救おうとした歩行も困難な老齢者を、私はどうしても本心から恨めずにいるのだ。我ながら人がよすぎるとも思うが。

 それ故にもし、化け猫に化けた、ちいとばかりヒネくれた猫の守護神、にも思える彼女を見つけたら、こう申し上げたい。

「ニャン太は元気なので安心して下さいね。でも、嘘つきは泥棒の始まりですから今後はご用心下さいませ。捕まるべきは刃物で猫を傷つけた虐待犯なんですから」

 私はついでに愛猫ニャン太にも呟いた。

「アンタは彼女に『お陰さんで』って言うんやで。ともあれ命拾いしたんやからさ」

 膝の上のニャンは、うるせいな、と言わんばかりに大あくびをした。恒例の昼寝の姿勢に入った彼は、”我関せず” の模様。ころっと騙された上に約束は宙ぶらりんのまんま、おまけに最愛の猫はアイソ無しときた。

 でも、彼のお腹の温もりが、冷え性の私の凍えた太股をあたためてくれている。湯たんぽ代わりで電気毛布も必要なくなり、ネコでエコまで可能になった。それは、あの婦人も手に入れたかったかもしれない幸福。

 たった一つのその愛しい命の温もりに、(私は得したなァ)という思いが湧きあがり、性懲りもなく、私はまたご機嫌になっている。

植田郁子