5年目の春
通信講座を修了した私は、池袋コミュニティ・カレッジの童話教室に入会しました。
受講生は3年から4年で童話コンクールで入選しましたが、私はなかなか受賞には至りませんでした。4年が過ぎると、さすがに焦り始めました。けれども、童話は必ずしも子どもの視点ではなくて良いのだと悟った私は、自由に書くことができたのです。
主人公を若いセールスマンに設定することは不利でしたが、立原先生は何もおっしゃいません。主人公の高田くんが1件の契約をもとれずにいると、公園の前で中古品のカサを売るおじさんを見かけます。
「穴あきもあるけど、安いカサだよ」と呼びかけています。あんなボロガサが売れるわけないじゃないか……高田くんが思っていると
「そこのお兄さんよ」
おじさんが声をかけるのでした。
「あんた、おふくろさんまだ元気だろ。おれはね、この黒いコウモリガサを見ると、おふくろのこと思い出してしょうがねえんだ」
と、子どもの頃の体験を語りはじめるのです。私はこのエピソードを映画『男はつらいよ』の寅さんの口上を参考にしました。
当時はレンタルビデオを借りて、何度も再生しては台詞を書き写したものです。映画や落語も役に立つということです。
「びんぼうだったからねえ、カサも買ってもらえなかったんだよ。新しいカサを買ってもらいたい一心で、親父が使っていたカサに、ハサミでいくつもの穴をあけたことがあるんだ。おふくろに見つかったときは、叱られるのをかくごで理由を話したんだな――するとおふくろは、泣きべそをかいているおれを見ると、カサを広げてこう言ったんだよ。『おや、星がたくさん見えるんじゃないの、あのおおきいのが一番星で、父ちゃんの星だね』ってね、そう……小さな穴からもれる光が、星みたいに輝いて見えたんだ。新しいカサはキレイでいいだろ、でも、星が見えるカサはめったにあるもんじゃないさ」(作品本文より)
おじさんの語りに、いつのまにか集まった見物人たちが1本50円のカサを買いはじめると、高田くんも最後に残ったカサを買ってしまったという結びです。1998年、「コウモリガサの一番星」はJOMO童話賞で10968編もの応募から佳作に選ばれました。作品集「童話の花束」に掲載。私にとっては初めての受賞で5年目の春でした。子どもが主人公でなくても受賞できたことが何よりの自信につながったのです。
表彰式の会場では、審査員の西本鶏介先生と数年ぶりに再会しました。先生は私に近寄ると、「君だとわかっていたら落としてたのになあ」と皮肉まじりの笑顔でした。審査方法は作者名を伏せての採点で、印象が悪かった私を覚えていて下さっただけでも驚きでした。
浜尾
イラスト:本橋靖昭
制作|事務局 正倉 一文