あるパフォーマンス
山口誓子の俳句に「海に出て木枯らし帰るところなし」というのがあります。海に出ても行き場をなくした木枯らしの描写を詠んだものですが、一方では特攻隊の悲劇としても詠むことができます。人間もまた帰るべき場所もないのだ……とも解釈できるからです。
中島みゆきの「ホームにて」の出だしは
ふるさとへ向かう最終に乗れる人は
急ぎなさいと やさしいやさしい声の
駅長が街なかにさけぶ
この詞の「ふるさと」は、自分の生まれたルーツ、両親や先祖が住む世界のことで「天国」を表しています。
ふりむけば空色の汽車は
いまドアが閉まりかけて
灯りともる窓の中では帰り人が笑う
走りだせば間に合うだろう
飾り荷物もふり捨てて
街に 街に挨拶を
ふりむけばドアは閉まる
「空色の汽車」は天にのぼっていく汽車のことです。汽車の中の「帰り人」はこの世の人ではありません。現世での所有物や大切なものを捨ててまで汽車に乗り込もうとしても、ドアは閉まります。つまり、生きている人間にはその汽車に乗ることはできないのです。
涙の数 ため息の数 溜まってゆく
空色のキップ ネオンライトでは
燃やせない ふるさと行きの乗車券
人生は苦しみの連続で、その度にホームにたたずみたくなります。「ネオンライト」は華やかな都会を象徴していて、都会暮らしをしていても望郷の念を消し去れないことを暗示しているのです。
このように歌詞の中にも深い意味が込められている名曲があります。この歌を知ったのは80年代の渋谷駅広場でした。
ピエロ姿の人が、ラジカセの大音響でこの歌を流しながらパントマイムを踊りはじめたのです。彼は見物人の注目を浴びました。
クルリと回ってみたり、空を仰いだりと数メートルを優雅に動き回りました。
曲が終わると、見物人たちは彼に拍手喝采。彼のパフォーマンスはあれ以来見ることはありません。が、今にして思えば喜怒哀楽にとんだ豊かな彼の表情は詞の深さを充分に理解していたにちがいありません。
歌詞も、俳句も、小説も、童話も、言霊が心に突き刺さる点においては同じです。
文学の行間を読みとることは、もう一つの「真実」や「機微」を見るけることでもあるのです。
浜尾

制作|事務局 正倉 一文

