随筆春秋 代表理事・池田 元 公式HP

松山城天守から愛媛県松山市内を望む (Wikipediaより)




1. 概要

藩から介錯人を拝命するというのは、当時では大変名誉なことであった。このエピソードは、講談「荒川十太夫」や、浪曲「ほまれの三百石」で現在も語り継がれている。講談師の神田松鯉かんだしょうり(人間国宝)や神田伯山かんだはくざんが、その「荒川十太夫」を好んで口演する。

2022年10月歌舞伎座「十月大歌舞伎」では、 この講談をもとにした新作歌舞伎『赤穂義士外伝の内 荒川十太夫』が上演された。主演は、  4代目 尾上松緑よんだいめ おのえしょうろくである。

令和4年度大谷竹次郎賞に『赤穂義士外伝の内 荒川十太夫』が決定した。2022年12月13日付けで、歌舞伎公式ホームページ「歌舞伎 on the web」にて発表された。

2. エピソード

直木賞作家・佐藤愛子の著作『晩鐘』の執筆に際し、資料提供を行っている。佐藤の夫である田畑麦彦(筆名)は、かつて社員教育を目的とする会社を経営していたが、特異な金銭感覚が災いし、倒産。多額の負債を抱えるに至った。佐藤はその返済のため、執筆活動に奔走することとなる。この経緯は『戦いすんで日が暮れて』および『晩鐘』に描かれている。

池田は、田畑の教育理念を継承する企業に在籍していた経験があり、『晩鐘』執筆時にその背景を整理した資料を佐藤に報告した。第6章には、池田が提供した文章の一節が訂正なく掲載されており、池田は佐藤の誠実な配慮に深く感激したと述懐している。このエピソードは、旧『随筆春秋』公式ホームページで紹介されていた。
   

池田の提供した部分(青マーカー部)

 だが今までとは違う活気が全身に漲っている様子を見ると、これが本来、彼が生きるべき道筋で、彼は遠廻りをしたけれどもやっとその途に辿りついたのかもしれないと人に思わせた。
 ソノサービスでは毎月、新しい製品を作り、そのパンフレットや見本品を持って営業部員が会員を廻る。「十三の販売の魔術的公式」や「管理者自己開発プログラム」や、「聞き方、話し方講座」などである。その中にはアメリカの企業教育家の教材を翻訳したものもあれば、企業の成功者の回顧談を集めたものや経済評論家や教育家に依頼して商品化する教材もある。英語を翻訳出来るほどの語学力はなく、経済に精通しているわけでもない辰彦は、実務家としての力は何もなかった。彼はただ、それまでの交友関係の中から、語学に堪能な者や経済の動向に詳しい人物などを選び出しては企画部に招聘したり講演会に講師を頼むなど、それなりに忙しそうに動き廻っていた。
「やけに忙しそうだけど、どんなことしてるの?」
 と杉は訊いた。
「一口にはいえないよ。企画全般だよ」
 辰彦は答える。

 ——佐藤愛子著『晩鐘』第6章より抜粋


文中の「辰彦」というのが佐藤愛子の元夫、田畑麦彦(筆名)である。新人賞作家でもあった。「杉」が、佐藤愛子である。

田畑麦彦(筆名)は、産業教育教材を扱う企業「日本ソノサービスセンター」(通称「ソノサービス」)を創業した人物である。同社は社員教育を目的とした教材の販売を行っていたが、田畑の特異な金銭感覚が災いし、最終的に倒産。多額の債務を抱えるに至った。

田畑は、東急電鉄社長を務めた実業家・篠原三千郎(東急電鉄創業者・五島慶太の盟友)の子息として生まれ、いわば恵まれた環境に育ったが、その経歴とは対照的な転落を経験することとなる。この経緯は、妻・佐藤愛子の直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』に描かれており、続く『晩鐘』では、田畑の人物像に対する佐藤の理解と受容の過程が綴られている。佐藤は同書の「あとがき」などで、執筆を通じてようやく田畑麦彦を「人として理解し、受け入れることができた」と述べている。

近藤健池田元は奇縁で結ばれている。

大石内蔵助おおいしくらのすけ以下四十七人の赤穂義士が本所・吉良邸へ討ち入ったのは元禄15年(1702)12月のことである。その前年に、江戸城松の廊下で藩主浅野内匠頭あさのたくみのかみが起こした刃傷にんじょう事件の敵討あだうちである。義士たちは吉良上野介きらこうずけのすけの首級をあげ、みごと本懐を遂げる。世にいう「吉良邸討入り」である。その後大名四家にお預けとなった義士たちは翌年2月に切腹を命じられる。

義士切腹に際し、熊本藩邸にお預けになっていた堀部弥兵衛ほりべやへい安兵衛やすべいの父)の介錯かいしゃくを行ったのが米良市右衛門めらいちえもんで、近藤健はその13代後の子孫にあたる。一方、松山藩邸では部安兵衛ほりべやすべい不破数右衛門ふわかずえもんの介錯を荒川十太夫あらかわじゅうだゆうが拝命している。池田元は十太夫から数えて10代目の子孫にあたる。二人の末孫は、奇しくも、堀部弥兵衛・安兵衛親子の介錯を行っている。のちに近藤と池田は、赤穂義士の研究家である佐藤誠を介して知己となった。

すでに随筆春秋の事務局員であった近藤の勧めもあり池田が入会する。その後、池田は随筆春秋の法人化を図り、一般社団法人随筆春秋を立ち上げ代表理事に、近藤は同人誌 随筆春秋の代表として現在に至っている。

2022年は、赤穂義士の討入りから320年という節目の年であった。

※動画では「介錯人というのは幕府から拝命する名誉ある仕事でした」としていますが、誤りでした。幕府から拝命するのではなく、所属する藩から拝命します。「幕府」の部分を「藩庁」に訂正すると正しい説明になります。

3. 主な関係者一覧

  • 堀川とし(実業家/ 随筆春秋創設者)
  • 堀川とんこう(プロデューサー、演出家/ 随筆春秋の指導者)
  • 斎藤信也(元朝日新聞記者/ 元随筆春秋代表で元主催者)
  • 遠藤周作(芥川賞作家/ 随筆春秋のゲスト指導者)
  • 金田一春彦(言語学者、国語学者/ 随筆春秋の指導者)
  • 早坂暁(脚本家/ 随筆春秋の指導者)
  • 北杜夫(芥川賞作家/ 随筆春秋の指導者)
  • 布勢博一(脚本家/ 随筆春秋の指導者)
  • 竹山洋(脚本家/ 随筆春秋の指導者)

(青字は、存命中)

4. 関連項目

5. 外部リンク

6. 随筆春秋とは

7. ABOUT

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題字揮毫は、早坂暁(脚本家)