西澤貞雄『シニア少年』随筆春秋刊、2024.04.29

出版書籍の校閲・あとがき

池田 元「はじめに」全文


 この本を手に取っていただき、ありがとうございます。
 皆さんに西澤貞雄氏の随筆集第一巻『シニア少年』をご紹介します。
 作者の西澤さんと私の縁は五年ほど前にさかのぼります。随筆春秋にユーモラスな作品を量産する書き手が入会されたということで、直接お目にかかりに出向いたことがございました。
 西澤さんの自宅近くの大型商業施設の喫茶店で、初対面ですのに何時間も話し込みました。そこでわかったことは、ニシさんは人生を楽しむ術を知っている達人だということです。
 何度も「自分などは静岡を出たことがない田舎者ですから」と謙遜されましたが、なにがなにが、なかなかの人物です。実はまだ紅顔の少年であったころ、国を揺るがす安保闘争に心を痛めて上京し、身を挺して国体を守ろうとしたこともあるという武勇伝も聞きました。
 長期間お兄様の事業を助けておられましたが、その間も興味関心の湧くことには積極的に頭を突っ込まれ、人に真似できない体験を積んでこられました。お勤めを卒業されてからは晴耕雨読の日々を過ごされ、剣豪宮本武蔵が隠棲後に著述三昧の日々を送った故事を思い起こしました。
 ただし、ニシさんの場合は『五輪書』のように取っつきにくいものではなく、当初所収の『珍品の燻製くんせい』のように読む人を爆発の渦に巻き込む、肩ひじの張らないユーモア傑作を書いているというわけです。
 ニシさんのユーモア作品は、毎号佐藤愛子先生も楽しんで読んでおられ、激励のためのサイン本をいただいたこともありました。
 しかし、さすがに壮強であったニシさんも卒寿が近づき、老境に入られますと体調を崩され入院されることがありました。それはなかなかの大病だったそうですが、知恵者のニシさんは佐藤愛子先生の署名入りの本を枕元に置いておかれたそうです。
 そして百寿で現役、恐いもの知らずの佐藤愛子の本の効能で、病魔を見事に退散させたという痛快なエピソードをうかがいました。その話を私が佐藤先生に報告すると、先生大いにご機嫌となり、「私の本を魔よけの御札代わりにするとは痛快だわね。西澤さんにくれぐれもよろしく」とエールを送っておられました。佐藤先生からのエールが届いた以上は、ニシさんにも百歳になるまで書き続けていただきたいと思っております。
 皆さん、とにかく面白い作品集、抱腹絶倒間違いなしです。どうかお茶菓子を片手にお楽しみください。

  二〇二四年(令和六)三月
一般社団法人随筆春秋 代表理事 池田 元

近藤 健「あとがき」全文

 私がエッセイの添削を始めたのは、二〇一四年五月からです。所属する随筆春秋の添削指導に携わって十年になりました。これまでに一一六名、六二七本の作品を拝見してきました。その五八八本目がこの作品集になります。ここに収録された二十九点も、一本とカウントしていますので、実際の添削数は一〇〇〇本近くになるでしょうか。
 その私の添削第一号が、西澤貞雄氏の「自治会長の初仕事」でした。その後、西澤作品は「熊ん蜂焼酎」「女王蜂狩り」「ザリガニレシピ」と続いていきます。これまでに二十三作を添削させていただきました。いつも、痛快だなと思っており、いつしか「西澤ワールド」と呼ばせてもらっています。添削のコメントの中で「西澤ワールド炸裂!」、このフレーズを、何度、連発してきたことでしょう。
 本書の収録作品は、これまでに『随筆春秋』に発表されてきたものです。二〇〇九年九月発行の三十二号から、二〇二四年三月発行の六十一号までの二十九作です。今回、改めてまとめて読んでみて、「どうしてこんなに温かいのだろう」と思ったのが正直な感想です。なにもかもが温かいのです。
 どの作品を読んでも、十歳の少年がそのまま後期高齢者になったような、そんな映像が浮かんできます。いや、正確に申し上げますと、お友達を含めて後期高齢者前後の方々全員が、まるで十歳の少年たちなのです。
 たとえば、物語はこのように始まります。
 
「今、何してる? この前アンタと約束した女王蜂狩り、今からいくけど一緒にどうだ」
 彼は現場近くの道路からかけているといった。その言葉で眠気がふっ飛び、二つ返事で了解した。〔女王蜂狩り〕
 
 西澤ワールドは、ご自身が野球帽を被って、散歩に出るところから始まります。コースはその日の気分。まず、鳥の声が聞こえてきます。それはウグイスだったり、ホトトギス、メジロやコジュケイのことも。
 すると、決まって友達に出くわすのです。畑で作業をしていたり、軽自動車や自転車に乗って向こうからやってくる。
 お友達をピックアップしてみると、次のような面々になります。
 ヒーさん、タカさん、ヤマさん、ヒイさん、イシさん、ミヨシさん、アキさん、ミヤさん、エンさん、レイさん、ナガさん、ハルさん、ブンさん、モッチャン、スーさん、イリさん、ターさん、ケイさん、イチさん、スギさん、トミさん、カトー君、クドー君、ヤブさん、マナさん、ノムさん……、おびただしい数です。
 「ヤー!」と右手を上げて、冗談を言い合うことから始まるのです。みんな、満面の笑みをこぼす。もちろん、前述したような、お誘いもあるわけです。
 熊ん蜂(スズメバチ)やアシナガバチを捕りにいったり、タヌキやハクビシン、モグラ、アナグマ、イノシシといった畑を荒らす害獣対策を手伝ったり。
 ですが、その後は決まって酒と肴(さかな)を持ち寄って、車座になって一献を傾けるのです。場所は、地域のシニアハウス。持ち寄った筍(たけのこ)ごはんは、その時季の風味まで漂ってきます。そのシニアハウスでは、獲ってきたヒヨドリでヒヨ飯を作ったり、ハチノコの炒め物をするわけです。
 作者の人間性がこれほど豊かに現れている作品を私は知りません。大笑いするわけでも、大泣きするわけでもない(なかにはそんな作品もあります)。たいがいはニヤリと笑って、ホロリと涙する。なにより読後感がたまらない。ラスト数行でヒラリとかわして、静かな余韻を残す。なんともいえない心地よさです。「枇杷の葉」「恥かきの付添い料」「不届き者たち」……、こんな作品との出会いは、まさに〝至福〟のひとときです。
 本書の最初の作品を二点、三点と読み始めて、
「なんだよ、ニシさん(なれなれしくてゴメンなさい)、泣かせないでよ」
 思わずそんな言葉が口を衝いて出ます。
 こういう起伏の大きさも、西澤作品の真骨頂です。あまり褒めるとリアリティーに欠けてしまい、逆にウソっぽくなってしまいます。だから、もうこの辺でやめます。
 この作品集は、どこから読んでもいいのです。それは読者の自由で、目次を眺めて、思いついたところから読んでいただく、そんな作品集です。できれば、シニアハウスにもこの本を置いていただき、皆さんで本書を肴に、ワイワイやっていただける、そんな光景を勝手に思い描いています。
 
 これまで西澤さんには、事務局を通じて何度か本の出版が持ちかけられました。私自身も、添削原稿に同封するコメントでお勧めしたことがあります。ですが、大変に慎み深い西澤さんは、そのたびに固辞されてきたのです。
 本書は、西澤さんが大病をされたとの話を聞いたのをきっかけに形になりました。編集長の小山が動き、代表理事の池田と私が後押しをしたのです。西澤作品群をこのまま埋もれさせてはいけない、そんな強い一念が私たちを動かしました。そんなことをしたことは、これまでに一度もありません。
 西澤さんのご家族はもとより、西澤さんを取り巻くお仲間たちからも、本書は歓迎され、喜ばれるものだと思ったからです。そして何より、西澤さんへのエールという意味がありました。書くことは救いです。何より、西澤さんの人生のよき伴走者となってくれるものと思ったからです。
 『随筆春秋』六十号に西澤さんの作品がなかったのは、殺風景なものでした。西澤さんは今、いわゆる〝故障者リスト入り〟(プロ野球になぞらえて)をされています。私たちはそのように理解しています。どうぞ、この期間にじっくりと充電され、そしてまた今回の苦(にが)く辛い体験を貴重なネタとして育み、新たな作品を紡いでいただきたい。ふたたび、温かなやさしさとユーモアに包んだ作品に仕上げ、披露していただけることを、楽しみにお待ちしております。
 そんなふうにして待っていましたら、六十一号からの復帰が実現しました。私たちが心から待ち望んでいたものです。
 これまでがそうであったように、そしてこれからもまたそうであるように、書くことを人生の傍らに置いていってください。それが私たちの願いです。

  二〇二四年(令和六)四月
随筆春秋代表 近藤 健