第3編 思わずこだわってしまった泡沫話
―――たまたま知った関心事についつい深入りしていました――
06. 児童虐待と懲戒のはざま
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06-1. 児童虐待件数の増加について
50年ほど前、児童相談所の判定員・児童福祉司を務めていた関係で、「児童虐待」に関するニュースには今でも関心がある。
2018年8月31日の秋田魁新報によると、秋田県内の児童相談所対応の「児童虐待」件数がまた増えた。近年は2014年度285件、15年度403件、16年度410件と推移し、昨年度は50件増えて460件。ちなみに、全国的には27年連続の増加で、昨年度は約13万4千件だった。
内容では、言葉や態度で子どもを傷つける「心理的虐待」が最も多く、460件中282件(61%)だった。この中でも多いのが、子どもの面前で家族に対して暴力をふるう「面前DV」。夫婦げんかが典型で、近年になって子どもの成長に与える影響が大きいとわかってきた。(DV=Domestic Violence=ドメスティック・バイオレンス=家庭内暴力)
警察にもその認識が浸透してきたようで、積極的に問題視するようになった。夫婦げんかの最中、夫の暴力を恐れた妻が110番して警察が駆け付けた時、その場に子どもが居れば「面前DV」とみて児相に通告。児童虐待の件数が増え続ける背景には、警察の面前DVに対する対応の変化があると思う。警察が方針を明確化し、徹底して通告するので、児相の統計数はもろに影響を受ける。
面前DV通告が重要視されるのは、子供の時に無意識に学習し記憶する「暴力こそが最終的解決法」という刷り込みをさせないことにある。夫婦間・家庭内騒動の解決に暴力が使われるのは、子ども時代の刷り込みが悪影響しているとみられている。
対応数の増加を、悪循環を断ち切る過程だと思えば、一般人の協力通報にも、各種機関の充実・強化の取り組みにも力が入るのではないだろうか。
(2018年10月5日、日刊紙『秋田魁新報』「声の十字路」欄投稿掲載。一部加筆)
06-2. 虐待かも…迷わず通報して
2018年11月1日から「児童虐待防止推進月間」が始まった。国民の意識を啓発する今年の標語は「未来へと 命を繋ぐ 189(いちはやく)」である。
「虐待かもと思ったら、189番へ」―。この全国共通ダイヤルは意外と知られていない。児童虐待の通報を24時間、児童相談所が受け付ける。
東京都目黒区の女児虐待死事件の反省点から児童福祉司が全国で2千人増員され、来年の4月から通話料は無料となる。
虐待の判断は容易でない。大いに迷うのが当たり前だ。「虐待かもと思ったら」が肝心なところ。「もしかして」と感じたら、すぐに電話して知らせよう。確かな証拠などは要らない。
行政支援は通報があって初めてスタートする。通報は匿名でも行え、通報者や通報内容の秘密は守られる。
早期発見と対応、そして予防、防止が大切である。
勇気を出して積極的に通報に協力しよう。結果として虐待でなければ、それが一番いいのだから。
(2018年11月7日、日刊紙『北海道新聞』「読者の声」欄投稿掲載。一部加筆)
06-3. 児童虐待が少ないのは?
信じられないような数値にびっくりした。2018年8月30日に発表され、日本海新聞でも報道された2017年度の児童相談所対応の「児童虐待」件数。鳥取県は76件で、何と都道府県の中で最も少なかった。それも、前年対比8件の減少である。
全国的には27年連続の増加で、過去最多の約13万4千件という中での数値だ。隣接の島根県も203件で少ない方の第2位だった。これらは基礎人口を考慮しても、驚きの少なさである。
確認で鳥取県の公式記録を調べてみたら、間違いなかった。最近5年間の推移を確認してまたびっくり。鳥取県は最少の位置に定着ており、減少傾向にすらある。
全国傾向では、心理的虐待の増加、中でも「面前DV」が注視点だが、この懸念もない。どんな対策が実践されているのか。鳥取の良策を全国に向けて発信してほしい。
そう思っていると、2つのことが鳥取砂丘と重なって、脳裏に浮かんだ。
1つは、20代の後半、児童相談所で「この子らに世の光を」と知的障がい児の福祉業務に励んでいた時、鳥取県出身の糸賀一雄氏の著書『この子らを世の光に』で受けた衝撃の思想。
もう1つは、現在、北海道でも登別市が全体で熱心に取り組んでいる「あいサポート運動」の精神。支え合いという共生社会の理念は鳥取県から広がった。
鳥取源泉のこれらと、子どもに対する虐待の少なさとは、強い長い糸でつながっているのではないか。80歳を過ぎて私の関心は末広がりだ。鳥取にまで及んで、これまたびっくりである。
(2018年9月27日、日刊紙『日本海新聞』「ひろば・私の視点」欄投稿掲載。一部加筆)
06-4. 児童虐待防止活動に参加しよう
11月は「児童虐待防止推進月間」です。期間中、児童虐待防止のための広報・啓発活動などの様々な取り組みがなされます。
今年の標語は「未来へと 命を繋ぐ 189(いちはやく)」です。「もしかして……」と感じたら、すぐに電話をかけましょう。「189」にかけると、室蘭児童相談所につないでもらえます。
月間には、「オレンジリボン運動」が実施されます。2004年、栃木県で起こった2人兄弟の痛ましい事件を契機に始まり、全国運動となって続いてきました。オレンジ色は子どもたちの明るい未来を表しています。
虐待やいじめをなくしたいという思いをみんなで共有し、伝え合っていく市民運動です。全国一斉に啓発活動が街頭でも行われます。手作りでいいんです。子どもの虐待防止のシンボルであるオレンジ色の布のリボンを胸に着けて、子どもたちの命と笑顔を救う活動に参加しましょう。
児童虐待防止の推進は、「11月の1カ月間で」ということではなく、「これをきっかけにこれからもずっと」ととらえる機会にしたいですね。
(2018年11月10日、日刊紙『室蘭民報』「むろみんトーク」欄投稿掲載。一部加筆)
06-5. 体罰禁止、早急に法改正を
むごい児童虐待死事件が相次いでいる。28年連続して増加を続けてきた。児童虐待の疑いがあるとして全国の警察が昨年1年間に児童相談所へ通告した子どもの数は8万104人に達し、過去最多を更新した。
この際、基本となる精神を振り返り、法律の見直しも考えるべきではなかろうか。まず、子どもの基本的人権を保障する国連の「子どもの権利条約」を再確認したい。
そして民法の「懲戒権」既定の見直が必要である。民法は親権者が子を監護し教育する権利と義務を定めた上で、子を懲戒する権利を認めているが、「しつけだ」と虐待を正当化する根拠にされかねない。
2011年度の民法改正時に、懲戒権が虐待の温床になっているとの声が出たが、削除は見送られた。「子の利益のため」「教育の目的を達成するため」との要件が追加されたが、実効は上がっていない。
暴力的な体罰の根拠となり得る懲戒権の規定は、民法から外すべきだ。さらに政府は「児童虐待防止法」などを改正し、体罰の禁止を明記すべきである。
(2019年3月6日、日刊紙『北海道新聞』「読者の声」欄投稿掲載。一部加筆)
06-6. 懲戒権、学校教育法からも削除を
「親の懲戒権 削除してもよいのか」(7日)で、教員経験者の方が懸念しておられた。
学校で教員が生徒を叱ることができるのは学校教育法で懲戒権が認められているからで、それがなければ自信を持った対応ができない。同様に民法から懲戒権が削除されたら家庭教育もできなくなる、とのご意見であった。
一理あると読みながらも、私の意見は異なる。むしろ、学校教育法からも懲戒権を削除すべきだ、との感を深めた。
投稿者の体験談で、叱られた生徒の親御さんが説明を受けて納得したのは、教師による「懲戒」ではなく「生徒指導」だと理解したからではないか。
懲戒として行う叱責と、生徒指導として行う叱責とではまったく異なる面があると思う。懲戒は実行すればそれで終了。一方、生徒指導は目的が達成されたかどうかが問われる。
家庭での懲戒としつけに対する親の意識、学校での懲戒と生徒指導に対する教師の意識。どちらも、懲戒に重点が置かれたり境界があいまいになったりして、虐待などの問題が発生する恐れがある限り、懲戒権は民法からも学校教育法からも削除されなければならないと思う。
(2019年3月14日、日刊紙『朝日新聞』「声」欄投稿掲載)
06-7. 活躍する高知カンガルーの会
その1. 高知の虐待防止に注目
2017年度の高知県内の児童相談所対応「児童虐待」は増加するも、47都道府県中、少ない方から5番目ということである。
最高だった15年度379件から16年度291件に減ったが、17年度は35件増えて326件。なお、全国的には27年連続増加で、昨年度は約13万4千件だった。
2018年8月30日の高知新聞が伝えたように内容では、前年から71件増えて184件と最多の「心理的虐待」が際立つ。これは暴言のほか、子どもの前で配偶者や家族に暴力を振るう「面前DV」など。
夫婦喧嘩の最中、夫の暴力を恐れた妻が110番して警察が駆け付けた時、その場に子どもが居れば「面前DV」と認定される。警察通告が最多の理由である。
課題は「面前DV」の根源である夫婦間暴力や家族関係崩壊が減ることが肝心だが、いまひとつである。
私は、「少ない方から5番目」に注目し、早期発見・早期対応につながる県の子育て支援の重視とともに、県内で活躍している「認定NPO法人カンガルーの会」の地道な諸活動を高く評価する。
8年以上に及ぶ研修会・学習会・冊子無料配布などが徐々に成果をあげていると思う。
「子どもや親の小さな変化に周囲の多様な人が気付くことで虐待の深刻化を防げる」との温かい見守りの高知精神は素晴らしい。全国に普及するよう願っている。
(2018年9月22日、日刊紙『高知新聞』「声・ひろば」欄投稿掲載。一部加筆)
その2. 虐待防止は高知から
「わたしたちは子育て支援を行い、子どもの命と笑顔を守ります」と表明する機関がある。高知県の「認定NPO法人カンガルーの会」である。
2018年9月22日の「声・ひろば」欄での掲載が縁で、同会から最新の資料や活動報告を提供いただいた。改めて、考え方や実践内容の素晴らしさに感服した。高知新聞の仲立ちにも感謝したい。
近年、児童虐待の増加が問題になり、新聞等でも大きく取り上げられ、効果的な諸対策の充実に政府も本腰を入れ始めた。虐待の早期発見・早期対応である。
だが、もっと大切なのは予防であろう。幼い命が笑顔を絶やさないで伸び伸びと育つには、育てる親の側に温かいおおらかな心が必要である。それを支え勇気づける子育て支援は、妊娠中から始めるのが効果的と思う。
親子に接する支援者には、指導者としての知識と経験が求められる。虐待予防を重視し注意深く見守る支援者は、常に力量・度量を磨く。その研修を「カンガルーの会」が担う。全国的にも類例の少ない機関であり、先進的な取り組みの成果は実績に示されている。
11月は「児童虐待防止推進月間」。期待は心理的虐待の減少。これは日本中の課題であるが、同会会員65人のプロが最初に達成してくれそうな気がする。
(2018年11月4日、日刊紙『高知新聞』「声・ひろば」欄投稿掲載。一部加筆)
その3. 虐待防止に知恵結集を
「なぜ繰り返されるのか」。高知新聞2019年2月2日の社説のように、児童虐待に対して誰もが抱く疑問である。速報値によれば、全国の児童相談所への児童虐待通告件数は28年連続増加となる。
「平成」は児童虐待増加の時代と歴史に残る。それも虐待の防止・予防問題に、全国でも先駆的な取り組みをしている高知県の「カンガルーの会」の資料によると、推測される潜在的虐待は8~10倍で、顕在化数は氷山の一角という。
そして、また、千葉県の小4女児虐待死事件が発生した。真相が明らかになればなるほど、かわいそうな経過に戦慄(せんりつ)を覚える。加害者の父は「しつけをしただけ」を主張し、加害者・被害者の母は責任逃れに終始する。虐待を執拗(しつよう)に繰り返した父には、表は平穏、裏は冷酷な2面性の心のひずみがあるという。だが、特異な事例と言い切れるだろうか。
悲惨な虐待死に諸対策が叫ばれても、教訓は生かされず、実現はちぐはぐで遅々として進まない。防止・抑止効果が一向に表れてこない。社会全体で真剣に向き合う機運を高めたい。前向きな各地の試行を紹介し合い、全国で共有し、工夫を加え磨きあげることが大切である。高知からは「カンガルーの会」中心の実践例を全国にぜひ発信してほしい。
(2019年2月25日、日刊紙『高知新聞』「声・ひろば」欄投稿掲載。一部加筆)
その4. 虐待防止モデル高知県
先日、北海道新聞を読んでいて児童虐待の記事に目が止まった。
虐待情報の全件共有が全国で10府県程度にとどまる中、高知県では2009年から全件共有し、毎月、児童相談所、県警、高知市、高知市教委などの担当者会議を開催し続けており、「顔を合わせて役割を理解し合うことが、現場での円滑な連携につながっている」との談話も紹介された。
私は過日寄贈を受けた冊子を見た。高知県で児童虐待予防に力を注ぐ「NPO法人カンガルーの会」、つまり医師、助産師、保健師、保育士、心理士等々が連携し、情報交換や相互研修などを行っている「子育て支援虐待予防研修センター」の活動記録である。
会の発足は2009年10月。そして、実際の仕事で「顔なじみ効果」が成果につながっているとある。
2つの活動は10年前同じ年に開始。「もしかして」とひらめき、過去を調べてみた。やはり、2008年2月、あまりにも痛ましい児童虐待死事件が高知県で発生していた。「そうだったのか」と納得した。
児童虐待防止策の車の両輪がそれぞれの役割を果たし続ける意気込みを察した。何よりも未然防止、早期発見・対応が大切だ。高知県が全国を先導するモデルであり続ける確信を深めた。
(2019年3月29日、日刊紙『高知新聞』「声・ひろば」欄投稿掲載。一部加筆)