あひる&ゆきなリレーエッセイ集


 

ミヤマキリシマ 花だより (その3)

 

 

「梅干しづくり」(by あひる)

 

ゴールデンウイークの前に庭の南高梅を収穫した。

一キロを梅干しに、一キロをシロップ漬けにした。

今年の梅は裏作だと近所の人が言った通りで、去年の三分の一の量しかできなかった。孫たちのために全部シロップ漬けにしようかなと私が言うと、俺用の梅干しが大事だと主人は譲らない。

幸奈はやっぱりねという顔をしていた。

五月末、私の母の御霊が天国に着くころ、鹿児島県は梅雨入りした。神道では五十日祭に肉体から離れた御霊が天国に着くと考えられているのだ。五歳年下の妹から「お母さんの夢を見た」とラインが来たので、私は「一年半前に逝ったお父さんと会って、喜んでるはずだよ」と、仲睦まじい両親の写真を添えて返事をした。

その写真には二千年十二月七日、草津温泉、と美しい字が書きこまれてあった。なつかしい母の字だ。父の遺品の中から見つかったこの写真を、私は長男が海外研修の土産に買ってきてくれたギターを抱えた人形の横に立てかけて、すっかり忘れていた。

八歳になる孫娘のひよこが、時々この写真を拝んでいたと幸奈に聞いてはっとした。ひよこは毎日、「あと何日でひいばあちゃんが天国に着くの?」と聞いていた。

私は写真をガラスケースのよく見える場所に飾り直した。

この写真を見つけた時、最初、父と母が腕を組んで、父が母の前を歩いている姿に、私は違和感を覚えた。

このころには、父の目はほとんど見えなくなっていたはずだ。出かけるときは母が父の前を歩き、母が後ろ手にこっちこっちというように、手のひらを動かして誘導していた。

父は母と腕を組んだり、白杖を使ったりすることは嫌っていたのに、この写真を見るとそうではなかった。これは父が卒業した台南一中の同窓会で、草津温泉に行った時の記念だが、旅の開放感だったのだろうか、二人はぴったり寄り添っている。私には意外だった。

父は母の事を「かずちゃん」と呼び、結婚に至るまでののろけ話をよく聞かされたが、母のほうは父が目を悪くしてからの苦労話しかしなかった。

父が緑内障の手術で左目を失明したのは、私が五歳の頃のことである。父は思うように働けなくなり、経済苦にも襲われて家庭は暗かった。私は母の苦労話も、もっともなこととして、身にしみて聞いていた。

その母が、まさかこの写真のような笑顔を浮かべるなんて信じられない。

夫婦には、夫婦にしかわからない事実があるものだと、幸奈に言うと、お母さんたち夫婦は、外から見ると、お母さんのほうが強そうで、お父さんの方が優しく見えるけど、意外とお母さん、我慢してるとこあるでしょと言う。

我慢というより、工夫はしている。

主人がせっせと植えている野菜のまわりを、囲むように青々と茂るペパーミントや、白い花が美しいジャスミンは私が植えたものだ。このところ梅雨になり、ますます香り高く育ってきた。

ペパーミントを眺めたり、主人が汗だくになって収穫した梅で、孫たちが喜ぶシロップを作ったりするときの幸せは、何とも言えない。胸の中が喜びにあふれている。

今年初めて庭に咲いたユリズイセンの花言葉は「幸せ」だそうだ。我を通すお父さんの方がきっと長生きするから、あとはお願いねと言うと、お母さんだって結構なもんかも、と幸奈に一本取られてしまった。

 


 

 


 

「梅切らぬ馬鹿とはいえどやりすぎだ」(by ゆきな)

 

娘のひよこは梅ジュースが大好物だ。毎年夏になると、母が作る梅ジュースを心待ちにしていた。しかし今年は私の影響で、フルーツ黒酢のジュースにはまっている。

自分専用のコップにフルーツ黒酢のジュースを注ぎ、美味しそうにゆっくりと飲み干す。八歳のひよこにはとっても酸っぱいはずなのに、彼女は澄ました顔をして、ぷはーっとか言っている。何ともいえず可愛らしい。

父が庭で作る野菜の横に、私は数種類のハーブと花を植えている。父は年々広がっていくハーブの畑を見て、「こんなもの邪魔だ」というが、私はやめる気などさらさらない。

近所のおじさんから分けていただいたワトソニアが一メートルの高さの花をつけた。かぶの大きさも五十センチほどに育ち、なんとも頼もしい気持ちだ。

父も、日頃からお世話になっているおじさんから分けていただいたこの花に対しては、文句のつけようがないみたいだ。おまけに変わった材料を使った料理が苦手な父は、私が密かにきざみこんでいるハーブには気づきもしない。

私の子供たちは、父が作ってくれるきゅうりやトマトが大好きだ。じいちゃん、美味しいよ、美味しいよと言って、もりもり食べる。父は目を細めてそれを見ている。

先日父は梅の実ちぎりのあとに、木の伸びた枝を夕方遅くまで切っていたが、思い切ってバッサリと切り、日当たりがずいぶん良くなったと、ご満悦だった。私は母に、

「お父さん、ちょっと切りすぎたんじゃない?」

と心配して言ったが、あんのじょう、近所のおじさんから、これじゃあまりにも切りすぎだよ、と言われた。

来年の梅のでき具合が心配だが、切り過ぎたことは、父にはしばらく言わないでおこう。

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