ミヤマキリシマ 花だより (その8)
「一年の計」(by あひる)
目覚まし時計が鳴りだすよりも早く目が覚めた。いまは午前五時。目覚ましをセットしたのは、五時半である。
さっと起き上がって暖房のスイッチを入れ、五人分の洗濯物が入った洗濯機をスタートさせて、お湯を沸かし、主人のお弁当を作り、コーヒーを淹れたころに、主人と幸奈が起きてくる。
幸奈は自分のお弁当と子供たちの朝ごはんの準備をする。
午前六時半にはひよこが自分の目覚まし時計を止め、起きてくる。まめのほうはその日次第だ。起きない日は幸奈がむりやり起こすので機嫌が悪いが、朝食のパンを見ると機嫌がなおる。まだまだ単純だ。
七時半になると、ひよこが登校する。七時五十分には幸奈がまめを保育園に送り、そのまま出勤する。嘱託になった主人は朝のドラマを見て、八時半に自転車出勤する。そして私は八時半から五人分の洗濯ものを庭に干す。わが家の平日は、ほぼ毎日この繰り返しだ。
ところがなぜか、今日に限って私が予定を変えた。
八時過ぎに、ふと庭の金柑が気になった。スマホを持って庭に降り、金柑の実を探した。まだ小さくて青かった。よく見ると金柑の根もとにナズナが咲いていた。ナズナは春の七草だ。このあたりではペンペン草と呼んでいる。今年の計画では、七草を庭にそろえることだった事を思い出した。ナズナを発見して嬉しくなった私は、それを一本だけいただいて二、三歩前進した。
その時……ガツン!と音がしておでこに衝撃が走った。
物干しざおにおでこを強か打ちつけたのだ。
私は痛いというより恥ずかしさが先にたち、周りを見渡したが誰もいなかった。おでこはしばらくズキズキしていた。ドラマを見ている主人にナズナを差出しながら、
「いま、おでこをうってしまった。まだ痛むよ」
と言うと、
「あんたでも、竿に、あたったのかー、メガネ割らなくて良かったじゃないかー」
夫は言った。私は身長一五二センチで、背の低い私でも洗濯ものが干しやすいように、低めに取り付けた竿がかえってアダになったのは確かだ。
「私のおでこは、割れてもいいんかーい!!」
自虐のツッコミを入れたものの、何だか腹がたった。
私は数年前に計画したものの、まだ達成していないことを、とつぜん思い出した。主人を呪う藁人形を作ることだ。
すぐに毒舌をはく主人をなんとか懲らしめてやりたい。
五寸釘はホームセンターで手に入るが、肝心な藁がなかなか手に入らない。稲刈りの時期に農家に分けていただこうと思っているのだが、毎年新米をいただく楽しみのほうに気をとられてしまって、藁をもらう用事を忘れてしまう。実はいつでも買える五寸釘さえ、まだ買っていない。
しかし今年の計画で、庭に春の七草をそろえることのほうは、何とかできそうだ。
セリは主人の母の家の井戸の横にあった。
ナズナは今日見つけた。
スズシロは毎年主人が植えている。
今年の暮にはスズナも植えてくれるように頼んだ。
ハコベラはひよこが庭のどこかで見つけたと言っていた。
あとはゴギョウとホトケノザの二種類だ。これらも探せば何とかなるだろう。
何だか早めに達成できそうな兆しだが、藁人形の計を実行してしまうと、大切なスズナとスズシロが揃わなくなってしまうので、もうしばらくお預けになりそうだ。
「ケイさんのこと」(by ゆきな)
釘といえば思い出すことがある。
祖母の代から庭の手入れをお願いしている、ケイさんという人がいる。ケイさんはうちの近くに住んでいて、ひよこと、まめをとてもよく可愛がってくれる。庭の落ち葉を集めて焼いた焼き芋を持ってきてくれたり、木工を教えてくれたりするのだ。
ケイさんの焼き芋はとても美味しい。家族で奪い合いになるほどだ。
ケイさんは作業場を持っており、ひよこはケイさんに、釘の打ち方、ノコギリの使い方を習った。私自身も、あまり釘打ちやノコギリを使うことがなかったので、使い方をよく知らない。
それでときどき親子で一緒に、木工を習いに行っている。
私たちが今まで作ったものは、貯金箱、本棚、収納ケースなどである。作業時間は毎回朝から、昼過ぎまでかかるのだが、製作中は、まめは蒲鉾板ぐらいの小さな木切れに、ひたすら釘を打ち、木切れを長くつなげて剣を作る。ひよこは私と、毎回作りたいものを決めて一緒に作るのだが、釘がうまく打てないと機嫌が悪くなり、一時間もすると、飽きてしまってちがう遊びを始める。
「ママ、できたら教えてね」
と言って、ケイさんの家の広い庭を探検し始めるのだ。
結局いつも私のほうが夢中になって作業をしている。
そして出来上がった作品をみると、なんともいえない達成感に心が踊る。
「いいのができたね~。次はなにをつくろうかな」
と、ひよこは、最初から最後まで自分で仕上げたかのように、満足げな表情だ。
「なに作ろうか。また考えよう」
と、ひよこの頭をなでながら私は、
『次は柿の木で、子どもたちが使うテーブルと椅子を作ろうかな』
などと考えている。
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