第2編 幸齢になってからの泡沫話

Vincent van Gogh (Dutch, 1853 – 1890), Farmhouse in Provence, 1888, oil on canvas

第2編 幸齢になってからの泡沫うたかた

――幸運にも齢を重ね、ふと思い浮かぶ、時折々の話を拾ってみました――

 

08-1. 年賀状の添え言葉

 

   


個人的にもいろいろとあった年だったが、師走に入り、コロナの全国感染は下火に向かっていた。退院後、自宅静養の生活が2か月に及んだ84歳の私は、寝たり起きたりにすっかり飽きてきた。退屈しのぎに例年になく早々とパソコンに向かい、令和4年の年賀状の文面作りを始めた。

お年玉年賀はがきを使い、宛名面も文面も活字印刷である。随分前から手書きができなくなっていた。何が原因か、改まって文字を書こうとすると、途端に手の硬直・震え、跳ね字などが起こる。だから、文面には筆不精のおびを必ず入れる。

我が家の年賀状は、妻も同様だが、約500字の全文面の中間に、300字前後の近況を書き込んでいる。「いつも楽しみにしています」という言葉を真に受け、続けている。1年を顧みて、気の利いた1文をそれぞれが練る。
今回の私の下書きは「……ところが誕生日を迎えて間もなく、散歩中に緩い坂道を下っていて、仰向けに頭から車道に倒れ込み、あわや即死の事故に遭い、救急車で運ばれ……」だった。

これを読んだ妻は、「表現が大げさ。愚痴ぐちはやめましょう。生かされたんだもの。それに、何人もの〈善いサマリア人〉(新約聖書)に助けられ、救われたのは不幸中の幸いだった」と。自嘲じちょう的な気持ちをズバリ指摘され、落第点の評価に赤ちゃん返りして、ベッドにもぐり込んでしまったのだった。

12月中旬の朝のことだった。私は浅い夢を見ていてハッと目が覚めた。夢の出来事にかされて飛び起きたのだ。いい予知夢と直感した。毎朝7時半になると、私が息をしていることを確かめ、驚かさないように揺り起こす役目の娘がくる。その日はすでにベッドに座り、二ヤッとしていたらしく、察知した娘は、
「例の予知夢、見たんでしょ。どんなの?」
興味津々しんしん、私の顔をのぞき込んできた。後で聞いたところでは、遂に認知症になったかと、一瞬ドキッともしたそうだ。私もはや、そんな‶お年頃″を迎えている。

夢の内容は、新聞をめくりながらその記事をすぐメモしなければ、と焦っている場面だった。普段見る夢の多くは、出そうなのをこらえながら、トイレ探しで右往左往するものである。だが、この日の夢は「果報は寝て待て」の、久々の果報だった。

急いで新聞受けから新聞を取ってきて、ぱらぱらめくっていくと、地域版のトップに「札幌の近藤さん出版 全12集計画」の大見出しで、大きな囲み記事が載っていた。2冊の単行本を持つ半身大の写真(近藤さん)のお顔は、お日さまのような満面の笑みをたたえっていた。随筆春秋から出版した自身のエッセイ集の紹介であった。

「これだ、これだよ、予知は」
と、興奮気味に一気に読んだ。記事の途中には「悲しくつらい話はユーモラスに、笑い話は真剣に書くよう意識している」とあった。はたと目が止まって、なるほどと気づいた。私の投稿エッセイが残念賞続きである理由の1つをいていた。

近藤さんが持っていた本が2冊なのは、ブックカバーの表裏に違うデザインを施したリバーシブル仕様になっているためである。そんなったカバーの本は初めて見た。
改めて写真を見ると、「お日さま」と目が合い、「ご縁ですね。気軽に一緒に書いてみませんか」と笑顔で誘ってくれた気がした。ためらいよりも、やりたい気持ちがまさった。

思い立ったが吉日、善は急げと朝食をかき込み、さっそく切り抜き記事を添えて東京の随筆春秋事務局宛に問い合わせメールを送った。その日のうちに事務局から返信があり、また3日後到着の郵便には、資料等に加えて、入会歓迎の言葉や4日前が締切りだった同人誌次号への寄稿の誘いも記されていた。

「えー、待って載せてくれるの!」
またしても〈善いサマリア人〉の温情に接した。予知神のいきな計らいに感謝した。第一歩は入会手続き、銀行で振込みを済ませた。
原稿猶予ゆうよは年内。甘えは最小限にとの思いが募る。大急ぎで、ストックの中から作品を1つ選び、添削用原稿にしてメールで送り、後日、添削結果を郵送で受けた。少し再調整を加え、同人になるのを機に心機一転の新ペンネームを考え、表紙に書き込んだ。
掲載用の原稿が完成しホッとしたとき、朝食準備で娘が起きたのか、廊下でコトンとドアの音がした。私は壁時計を見上げた。

同日、メール添付で掲載用原稿を送信し、すぐに「御作拝受」の返信を受けた。思わずバンザイしたら、伸びた背中で祝福の鈍痛が走った。気がつくと、ここ数日間の心身のリハビリ効果が効いたのか、身体の痛みがずいぶん和らいでいた。家族は身体のこなしにキレが出てきたと驚いた。

再開した年賀状作りでは、クレームのついた部分の表現を「……車道に仰向けに倒れ込む転倒の失態。5日間の入院を経て、今は……」と控え目に短縮した。そして、頑張る決意、「今年は新ペンネームで、心機一転の作品を同人誌『随筆春秋』に載せる挑戦と相成ります」を加えたのだった。

(2022年9月30日発行文芸誌『随筆春秋』第58号掲載)

飯名碧水 提供

北海道新聞記事|札幌の近藤さん出版(↑CLICK! 拡大)

 

 

(目次発生のためのダミーです)

.